2018年(平成30年)の相続法改正により、遺産分割前の預貯金債権の払戻し制度が新設されています。

 

【ⅰ.遺産分割前の預貯金債権の払戻し制度が新設された理由】

 

遺産分割前の預貯金債権の払い戻し制度が新設されたのは、相続発生後の相続人の資金需要に対応できるようにするためです。
 

人が亡くなられて相続が発生すると、被相続人の方の葬儀費用や相続債務の支払いなどで、早急にお金が必要になるケースもめずらしくありません。そのようなことから、相続発生後、相続人の1人の方が単独で被相続人の方の預貯金口座からお金を引き出せる環境にあったほうが、上記のような資金需要に対応しやすいといえます。
 

しかし、2016年(平成28年)の最高裁の判例において、預貯金債権は遺産分割の対象になる旨の判断がなされました。そのため、遺言や遺産分割協議により相続財産の権利取得が確定しないかぎり、相続人の1人の方が単独で被相続人の方の預貯金口座からお金を引き出せない環境となってしまったのです。

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そこで、遺言がない場合または相続発生後、遺産分割協議が成立する前であっても、相続人の1人の方が単独で被相続人の方の預貯金口座からお金を引き出せるように遺産分割前の預貯金債権の払戻し制度が新設されたのです。

 

【ⅱ.遺産分割前の預貯金債権の払戻し制度の具体的内容】

 

遺産分割前の預貯金債権の払戻しの制度には、家事事件手続法の保全処分の要件を緩和する制度と家庭裁判所の判断を経ないで預貯金の払戻しを認める制度の2つがあります。

 

【1.家事事件手続法の保全処分の要件を緩和する制度】
 

家事事件手続法の保全処分である仮分割の仮処分の要件が緩和され、相続人に預貯金の全部または一部を仮に取得させることができる制度が設けられました(家事事件手続法200条③)。
 

今回の相続法改正前においても、仮分割の仮処分の制度は存在していました(家事事件手続法200条②)。しかし、適用要件が「事件の関係人の急迫の危険を防止するために必要があること」となっており、家庭裁判所から認めてもらうことが困難でした。
 

そのようなことから、仮分割の仮処分の要件が緩和され、遺産分割の調停の成立または審判の確定前に、相続人の方が相続財産の預貯金を仮に取得できるようにしたのです。
 

【預貯金の仮分割の仮処分の適用要件】
 

仮分割の仮処分によって相続人の方が預貯金を仮に取得するためには、以下の要件を満たす必要があります。

  • 遺産分割の調停または審判の申立てをしていること
  • 相続債務の支払い、相続人の生活費の支弁などの事情により、預貯金債権を行使する必要があると認められること
  • 他の共同相続人の利益を害しないこと

 

また、仮分割の仮処分によって預貯金債権を行使できるのは、遺産分割の調停または審判の申立人とその相手方です。つまり、適用要件を満たせば、共同相続人の全員が権利行使できる資格を有することになります。

 

【2.家庭裁判所の判断を経ないで預貯金の払戻しを認める制度】
 

相続が発生した後、遺産分割協議をする前に家庭裁判所の判断を経ることなく相続人の1人の方が単独で預貯金の払戻しを受けられる制度も設けられています(民909条の2前段)。
 

1の制度を利用する場合、家庭裁判所の手続きを経なければなりません。そのため、相続人の1人の方が単独で預貯金の払戻しを受けるまで時間がかかったり、負担になったりする可能性もあります。
 

しかし、それでは、被相続人の葬儀費用や相続債務の支払いなどで早急にお金が必要な場合への対応が不十分です。そのようなことから、相続発生後、時間をかけずに相続人の1人の方が単独で預貯金の払戻しを受けられる制度もあわせて新設されたのです。
 

2の制度は1の制度と異なり、家庭裁判所の判断を経ないで預貯金の払戻しを受けることになります。そのため、相続人の1人の方が単独で払戻しを受けられる金額も、以下のような上限が定められています。
 

【相続人が単独で払戻しを受けられる上限額】

  • 相続開始時の預金額×3分の1×払戻しを受ける相続人の法定相続分

 

上記計算式の「相続開始時の預金額」とは、普通預金の場合は1口座ごと、定期預金の場合は1明細ごとの金額を指します。また、同一の金融機関(同一の金融機関の複数支店に預金口座がある場合はその全支店)から払戻しを受けられる金額の上限150万円と定められています(民909条の2、平成30年法務省令第29号)。

 

たとえば、被相続人Aの相続人がB・Cの2名(法定相続分は各2分の1)で、D金融機関の被相続人A名義の普通預金口座に180万円、定期預金口座に600万円、E金融機関の被相続人A名義の定期預金口座に1200万円の預金があったとします。

この場合、相続人BがD金融機関から単独で払戻しを受けられる金額は、普通預金口座からは30万円(180万円×3分の1×2分の1=30万円)まで、定期預金口座からは100万円(600万円×3分の1×2分の1=100万円)までの合計130万円となります。

一方、相続人BがE金融機関から単独で払戻しを受けられる金額は、150万円です。相続人が単独で払戻しを受けられる上限額の計算式に当てはめると算出額は200万円(1200万円×3分の1×2分の1=200万円)になります。しかし、相続人が単独で払戻しを受けられる上限額は、同一の金融機関ごとに150万円までと定められています。したがって、相続人BがE金融機関から単独で払戻しを受けられる金額も200万円ではなく、150万円となります。

 

なお、相続人の1人の方が単独で預貯金の払戻しを受けた場合、その相続人の方が遺産の一部分割により払戻しを受けた金額を取得したものとみなされます(民909条の2後段)。

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